9月 30th, 2009
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浄土真宗・親鸞学徒とは, 浄土真宗親鸞会・顕正新聞 |
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浄土真宗親鸞会の機関紙 『顕正新聞』に、親鸞学徒の本道について書かれてあったので9月15日号の「論説」から紹介します。
浄土真宗、親鸞聖人、と聞くと、親鸞聖人独自の教えがあるのだろうと思う人が多いようですが、そうでなく、「更に親鸞珍らしき法をも弘めず、如来の教法をわれも信じ人にも教え聞かしむるばかりなり」と聖人はつねに仰って、誰も説かなかった新しい教えは全くないと確言され、釈迦の教えた仏教をそのまま伝えられたとおっしゃっておられます。
このお言葉は、一体誰に対して言われたものか、次のように書かれていました。第一は、聖人を八方総攻撃した者たちへの反撃。「親鸞は間違ったことを教えている」「仏教を破壊する悪魔だ」「破戒僧、狂人、あれは仏法ではない」と、あらゆる罵詈雑言が聖 人の教えに浴びせられた。かかる誹謗の輩には「親鸞の言うことが仏教と違うなら、どこが違うのか、根拠を出せるものなら出してみよ」と、満々たる自信で反撃されているお言葉といえよう。
次には、親鸞学徒に対しての戒めであると、書かれています。「釈尊の教え以外、説いてはならないよ。伝えてはならないぞ」というご教示。珍しい話をして、「誰も教え てくれないことをあの人は教えてくれる」と関心を引こうなど、ゆめ考えてはならない。親鸞でさえ、仏教以外に伝えていないのだから。私事などの話をするの はもってのほかだと、教誡なされている。
最後には、聖人ご自身に言い聞かせられたお言葉と拝察される。誰も言えないことを言いたい、誰も知らないことを知ったかぶりして話したいのが、名誉欲 。そんな名誉欲が大山ほどあって迷惑していると、聖人は懺悔され、「珍しいことを言うなよ」と、常に自ら言い聞かせられた。
聖人のみ跡を慕う親鸞学徒は、親鸞聖人のみ教えを、必ず提示して、分かるようにお伝えする。だから、親鸞学徒の常訓は「我ら親鸞学徒は更に珍らしき法をも弘めず 親鸞聖人のみ教えを我も信じ、人にも教え聞かしむるばかりなり」であり、朝晩のお勤めで唱和するのだそうです。
7月 13th, 2009
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浄土真宗親鸞会とは, 浄土真宗親鸞会・顕正新聞 |
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浄土真宗親鸞会が発行している「顕正新聞」ですが、ここでも何回か紹介してきていますよね。その浄土真宗親鸞会が発行している顕正新聞の21年7月1日号に蓮如上人に次の言葉が紹介されていましたので紹介します。
蓮如上人仰せられ候、「方便を悪しということは、あるまじきなり。方便を以て真実を顕す廃立の義よくよく知るべし。弥陀、釈迦、善知識の善巧方便によりて、真実の信をば獲ることなる」由仰せられ候。
「嘘の方便」ときくと、【方便=嘘】と思ってしまう人が多いと思いますが、それは誤解だそうです。方便とは、真実に近づき、真実を体得するのに必要なことなのだそうですから。
そして同じく顕正新聞の21年7月1日号に源信僧都の言葉も紹介されていたのでこれも紹介したいと思います。
「まず三悪道を離れて人間に生るること、大なるよろこびなり」
地獄・餓鬼・畜生の三悪道を離れ、人間に生を受けたことはどれほど喜んでも過ぎることはないと源信僧都は『横川法語』に教えられているのです。ところが、その“喜び”どころか、人生をも呪い「生まれてこなければよかった」「なぜ生きなきゃいけないのか・・・」と、受けた生に自らピリオドを打つ人が日本だけでも毎年3万人を超えているのです。生命の歓喜がないのは明らかですが、その人達が「生まれてよかった!」という世界を説く仏法を知らなかったからでもあるといえるでしょうね。
私はおそらく最初に知ったと思われる仏教用語、「南無阿弥陀仏」という言葉から仏教へ入門することとなったわけですが、今は親鸞会でいろいろなことを学んでいくうちに、本当に人生は素晴らしいなと思うようになりました。
6月 18th, 2009
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浄土真宗・親鸞学徒とは, 浄土真宗親鸞会とは |
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「真宗の危機は人類の危機」と受け止め、立ちあがった浄土真宗親鸞会。
浄土真宗離れが進んでいる現代、いかに親鸞聖人のみ教えを正しくお伝えするか、これ一つを目的としているのです。親鸞会の活動というのは、この一点のみになされているのです。
ですから親鸞会では、「親鸞聖人はここに、こうおっしゃっている」と、常に聖人のお言葉を示す覚如上人、または蓮如上人のように、親鸞聖人のみ教え一つを伝えることを最も
大切なこととしています。
この自覚は常に忘れてはいけないのですね。
今までも、今も、今からも、この親鸞学徒の本道を進む限りであり、浄土真宗の発展は無限でしょう。
親鸞聖人のみ教えにはそれだけ限りなく尊く、深く、重い、類いなきお力があるのです。まず親鸞聖人のお言葉を明示でして、その正しい御心を徹底していく。浄土真宗と全人類の輝ける未来は、この一点にかかっていると言っても、決して過言ではないのです。
まだ縁の浅い私が、今すぐ「真の親鸞学徒」となるというのは難しいかも知れません。でも親鸞学徒でありたいといつも思っております。因果応報という言葉がありますが、悪い種をまけば悪い実がなる、いい種をまけばいい実になる。親鸞学徒であることは、いい種をまいているのだと思っております。
ちなみに因果応報とは字をばらしていくと『因』は原因、『果』は結果、『応』はこたえる、『報』はむくいるということで、原因によって結果が生じるという意味になるのだそうです。こんな身近な言葉の存在を教えてくれたきっかけとなったのも、浄土真宗親鸞会でした。
5月 23rd, 2009
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浄土真宗・親鸞学徒とは, 浄土真宗親鸞会とは |
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浄土真宗親鸞会の過去の行事である平成20年11月8日(土)9日(日)、親鸞館で親鸞会結成50周年大会が行われました。
その日は「恩徳讃」についてご講演がありました。
【恩徳讃】
如来大悲の恩徳は
身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も
骨を砕きても謝すべし(親鸞聖人)
この親鸞聖人のお言葉について、高森顕徹先生は2日間講演をされました。日本全国に限らず、アジア各国やアメリカ、そしてヨーロッパ、ロシア、遠くに至ってはブラジルからも親鸞学徒が参詣し、2000畳の大講堂にも入りきれず、廊下やロビーまであふれるほどでした。本当にすごいです。そして2日目の午後は、50周年記念弁論大会が行われ、7人の弁士が熱弁を振るい、大講堂は熱気に包まれていました。
今の時代、相次ぐ無差別殺人や暴力や虐待、そして一向に減らない自殺など、21世紀を迎えた今日も、人類は混迷の度を深めていると思いますが、この日ほど、世界の光である親鸞聖人のみ教えが、全世界の人々に待望されているときはないかと思います。
親鸞聖人のみ教えを正確に学び、そして信じ伝える人を「親鸞学徒」と言うのですが、この親鸞学徒の唯一の使命を忠実に、ひたすら実践なされた方が、覚如上人であり、蓮如上人でありました。
まさに覚如上人や蓮如上人は、我々親鸞学徒の鑑であり大先達であるのです。これらの善知識方が指授され、まっしぐらに歩まれた道をひたすらに実行する限りは、私たち親鸞学徒の未来は限りなく広く光り輝くことでしょう。覚如上人や蓮如上人が、あれだけ多くの著書や御文章などで教えられていることは、常に親鸞聖人のみ教え以外にはありません。種々、言いたいこともあったでしょうに、両上人ともご自身のことは全くおっしゃってはいないのです。蓮如上人は、深く親鸞聖人のみ教えを信じ、専ら日本全国に聖人の教えの徹底のみに全生涯を懸けられました。
常に聖人のお言葉をハッキリと提示し、懇切丁寧に親鸞聖人の教えを説き明かす・・・。そのようになされたからこそ、日本中に浄土真宗が堅実に深く浸透していったのです。浄土真宗親鸞会ももちろん親鸞聖人がおられたからこそ、今ここにあるのですね。
5月 7th, 2009
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浄土真宗・親鸞学徒とは, 浄土真宗親鸞会とは, 浄土真宗親鸞会・顕正新聞 |
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過去の顕正新聞より気になる記事があったので紹介したいと思います。
涙の底で会えた光より
圭子さん(仮名)は夫である雄一さん(仮名)を交通事故で失ってしまった。当時、夫は30代半ばと言う早すぎる死。
深夜1時半に突然の電話。驚いて雄一さんの布団に目をやると、まだ帰っておらず・・・体が震え、急いで外へ出ると警察官やパトカーが集まっていて、雄一さんはすでに救急車で運ばれていたそう。
なんと自宅まで50メートルもなかったとか。雄一さんの従兄弟と別れた直後に、無灯火の車が時速50キロで雄一さんを直撃してしまい、雄一さんは後頭部が裂け、内臓破裂を起こして即死。
そして夕方にようやく、雄一さんの遺体は自宅に戻り、「帰ってきたよ……」という親戚の声に、圭子さんがその棺を見た瞬間、腰が抜けたそうです。「現実なんだ」と。
事故のショックから、身内も入退院を繰り返すようになり、圭子さんは家事と仕事と看病で悲しみを紛らわしてはいたけど、どうしても1人になると仏壇前で、「どうして死んじゃったの」と泣き崩れていたのだそうです。それを見て「親鸞会のお話を聞きに行こう」と、雄一の従兄弟の妻・友江さん(仮名)に誘われたそうですが、しばらくは苦しすぎて聞けなかったのだとか。
そして数年後にずっと圭子さんを気遣ってくれてきた勤め先の社長夫妻。そして新たな地獄の始まりが。圭子さんはある日、会社の資金繰りで社長夫妻から相談を受け、夫の保険金から快くお金を貸して・・・逃げられてしまい、信じていた人からの裏切りを受け、また辛い日々が始まる。
そして友江さんが持ってきてくれたビデオで、親鸞聖人の「難思の弘誓は難度海を度する大船」のお言葉を初めて聞いた圭子さん。海に浮いている丸太のような幸せは頼りにならぬ。裏切られては苦しむ、その繰り返しだと聞き、まさにそれは自分の姿だと思ったそうです。
「そんな苦悩の海を、明るく楽しく渡す大きな船がある」と、高森顕徹先生が黒板に大船をかかれた時、堰を切ったように涙があふれ出し、一生懸命タオルで涙をふいている圭子さんの姿があったそうです。
この浄土真宗親鸞会のビデオを見る機会がなかったら。ずっと見れないと避けていたら。圭子さんはずっと救われていなかったでしょうね。親鸞聖人の教えは本当に人を救うのだなと思いました。圭子さんは仏教用語すらまともにわからなかったのに、それから親鸞学徒になられたそうです。
4月 21st, 2009
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浄土真宗親鸞会・行事 |
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平成20年6月7日(土)8日(日)親鸞会館で、親鸞聖人降誕会が行われました。
演題は『超世の悲願ききしより われらは生死の凡夫かは 有漏の穢身はかわらねど こころは浄土にあそぶなり』の親鸞聖人のご和讃についてでした。
『なぜ生きる』のかについて紹介したいと思います。
大海の真ん中で あなたはどこへ泳ぐか私達が大海の真ん中にいるとしたら、どうでしょうか。泳ぎ方ももちろん大切なのですが、最も大切なのは、泳ぐ方角のはずですよね。むやみに泳げば、かえって島から遠ざかることもあります。人生もそれと同様に、一生懸命ただ生きればよいというわけではない、という法話でした。人と言うのは生きる目的こそ肝心なのだそうです。
では人はなぜ生きる?やはりこの問いかけに、誰もが真剣に耳を傾けていました。「生死の苦海ほとりなし 久しく沈める 我らをば 弥陀弘誓の船のみぞ 乗せて必ず 渡しける」 (親鸞聖人)
苦しみという名の波の果てない海に、永らく彷徨い続けてきた私達を、阿弥陀仏の本願の船だけが必ず乗せて渡してくだされると、親鸞聖人は仰せです。
そしてその浄土真宗親鸞会の「親鸞聖人降誕会」参詣者の言葉を紹介したいと思います。
「ガンを告知されてしまった患者さんから、『何を明かりに生きていけばいいのか分からない』と悲痛な思いを打ち明けられ、言葉につまったことを思い出しました。」
「こんなに苦しいのなら早く死んで楽になりたいと訴える人もあります。そんな人と接する度に、「なぜ生きるか」を知りたいと思っていました。」
「病院で働く人は、医師であれ看護師であれ、常に病気の苦痛や、死への不安を抱えた人と接する機会があるので、生きる意味や幸福について日頃からよく考えていなければならないと思います。しかし現実は業務に追われ、人生を振り返る余裕もありません。なぜ命を延ばすのか、苦しくとも生きねばならないのはなぜか、少しでも考えるきっかけになればと思いました。」
とのこと。やはり人はなぜ生きるのか、生かされているのかについて知りたいものなんですね。この浄土真宗親鸞会の行事がきっかけとなり、そういったことを学べること自体が幸せなことだと思います。
3月 13th, 2009
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浄土真宗親鸞会とは, 浄土真宗親鸞会・行事 |
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平成19年9月2日(日)親鸞会館で、浄土真宗親鸞会の会長である高森顕徹先生のご法話が開かれました。演題は『正信偈』についてです。
親鸞聖人の教えは、この世と死後の二度救われる、現当二益の法門であると言われています。『正信偈』に「成等覚証大涅槃」とあるのは、そのことなんだと教えてもらいました。
等覚とはこの世で救われること。親鸞聖人が「早く等覚になれよ」と叫ばれたのは、この世で“弥勒菩薩”と同格である等覚の身になれるからです。
決して、なれないのに「なれよ」と仰有るような聖人ではありません。もしそうなら大ウソつきと言うことになるでしょうね。必ずなれるから「なりなさいよ」と言われておられるのです。
また、誰でも死ぬと「仏さんになられた」と言う人が多いですが、実際には誰でも死んだら極楽、死んだら仏ではないそうです。この世で等覚の身になった人だけが、死んでから浄土に往って仏に生まれることができるのです。なので、生きているときに早く等覚の身になりなさいと、親鸞聖人は叫び続けていかれたのだと聞かせていただきました。
「この世はどうにもなれない。死んだら極楽、死んだら仏」という人がいます。眼前の小川さえ渡れない者に、どうしてその先の大河が渡れるでしょうか。「100万円の買い物は出来るのに、1万円の物は買えない」という理屈が通るはずがないですよね。
“一大事の後生”を助け切る力のある仏さまであるなら、この世の苦しみを救えて当然でしょう。現在の救いを抜きにして、「死んだらお助け」と言っているのは、この世も未来も助からない『現当無益』ということになるのですね。
仏法を聞く目的は等覚になる、すなわちこの世から本当の幸せになることにあるのですね。浄土真宗親鸞会に会えて、本当に良かったと思います。
3月 9th, 2009
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浄土真宗・親鸞学徒とは, 浄土真宗親鸞会・顕正新聞 |
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前回の続きになりますが、浄土真宗親鸞会の会員である人の言葉を顕正新聞から紹介したいと思います。
「私の人生の目的は、あなたの成長を見ることです」と母からの手紙に書かれてありました。
私をこの世に生んでくださった母。今もこんなに思ってくださっているお母さん。本当にありがとう。母の思いにうれしく感謝しながらも、だからこそ仏法を分かってもらいたいもどかしさから、複雑な心境でした。その後も手紙や、仏教の小冊子を送るなど、母の仏縁を念じ続けました。その甲斐あってか、昨年の学生大会に、ともに参詣できたのです。人間の実相のご説法を聞かせていただき、母は大変喜んでいました。
しかし、母の病気はその後一進一退。見た目にはさほど変わりはありませんでしたが、確実にガン細胞は、母の体をむしばんでいったのです。実家に帰るたび、親鸞聖人のお言葉を伝え続けました。最後に話ができたのは、6月の親鸞聖人降誕会の終了後、病室の中でした。母はつぶやくように、こう言っていました。
「あなたが仏法を聞いている理由が、今はよく分かる・・・」
そして、その数日後母は49歳で亡くなりました。母を失った悲しみは、とても言葉になりません。しかし、無常は万人に訪れるもの。悲しみを乗り越え、光に向かって進ませていただきます。
と書かれておりました。母の愛、そして子供が親を思う気持ち、両方に感動致しました。二人がこういった考えになれたのは、浄土真宗親鸞会のおかげではないかと思えて仕方ないです。
2月 26th, 2009
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浄土真宗親鸞会・行事 |
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毎年8月に行われているという浄土真宗親鸞会の行事。
平成19年8月5日の親鸞学徒追悼法要の演題は、御文章の中でも有名な蓮如上人の「白骨の章」でした。今は亡き法友をしのびつつ、厳しい無常の説法を満堂の参詣者が聞き入っておりました。
昨年の追悼法要で、共に聞法していた人が今ここにはいないという、それが厳粛な“無常”であり、万人のゆく道なのであります。そんな人間の姿を蓮如上人は、「浮生(ふしょう)」と喝破されているのですが、浮生というのは、信じ切れるものや本当にあてになるもの、そして決して裏切らないものは、この世に何一つないということです。それは臨終にハッキリ知らされるわけですね。
そして浄土真宗親鸞会には顕正新聞というものがあるのですが、そこに書かれていた一部の記事について紹介したいと思います。
私が、浄土真宗という仏法に出会ったのは、漠然と生きづらさを感じていたときでした。
そんなとき、親鸞会で話を聞いている人から「どう生きる」がうまくいかにあのは、
「なぜ生きる」という最も大事なことをしらないからではと聞かせてもらい、
人生の目的を明らかにされた親鸞聖人の教えを聞くようになりました。
縁のある人にも浄土真宗親鸞会で教えてもらった生きることの意味を伝えたい。
特にガンが発病していた母にはなんとしても早く伝えねばと思いました。
電話で、「人生の目的を学んでいる」と話し、高森先生の著書を送りました。しばらくして母から手紙が届きました。そこには、「私の人生の目的は、あなたの成長を見ることです」と。
続きはまた次に書きたいと思います。
2月 10th, 2009
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浄土真宗・親鸞学徒とは |
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前回の浄土真宗親鸞会ブラジル本部30周年の続きになるのですが、その初日の夕方は、仏法讃嘆が行われ、遇法の喜びを語り合いました。毎月サンパウロ会館へ参詣する人、2000畳へ初めて参詣したという喜びを語る人、中には感極まり涙を流しての発表をする人などが相次いでいました。
1000キロ離れたブラジリアから駆けつけた人はは、「友人から誘われ、『亡くなった母があんなに喜んで聞いていた浄土真宗親鸞会のお話なら・・・』と思い、半年前に初めてビデオで高森先生のご説法を聴聞しました。素晴らしい!言葉にならないほど感動しました。聞けば聞くほど、こういう教えを求めていたんだ思い、今日親鸞学徒にならせていただきました」という語りもあり、「首都ブラジリアで支部を発足させたい」という熱い抱負に、満場が大拍手となっておりました。
7月2日と3日には、座談会、交流会で信心の沙汰も活発になされ、来年、浄土真宗親鸞会結成50周年の参詣を決意する人が次々と現れておりました。
ある人は「もっと聞きたい思いいっぱいです。来年といわず、今年の報恩講から家族一緒に聞かせていただきたい」と語るられておりました。
来年は移民100年を迎え、ブラジル国内で様々な行事が催されるそうですが、ブラジル学徒は、結成50周年参詣に向け、大きなスタートを切ったと思われます。
そこに参加した人の中の話では、「私は頭が悪く、そのくせ理屈っぽいので、入会後の数年間は「顕正新聞」などで仏法に出逢った喜びの声を目にする度に、その気持ちがよく理解できずに自分も早くその身になりたいと焦っていました。」とのこと。その人も今となっては、浄土真宗における親鸞学徒の一員として遇法の喜びも、善知識への報恩感謝の思いも、皆さんについていけるような気がしますと話しておられます。