浄土真宗親鸞会・顕正新聞の内容より
過去の顕正新聞より気になる記事があったので紹介したいと思います。
涙の底で会えた光より
圭子さん(仮名)は夫である雄一さん(仮名)を交通事故で失ってしまった。当時、夫は30代半ばと言う早すぎる死。
深夜1時半に突然の電話。驚いて雄一さんの布団に目をやると、まだ帰っておらず・・・体が震え、急いで外へ出ると警察官やパトカーが集まっていて、雄一さんはすでに救急車で運ばれていたそう。
なんと自宅まで50メートルもなかったとか。雄一さんの従兄弟と別れた直後に、無灯火の車が時速50キロで雄一さんを直撃してしまい、雄一さんは後頭部が裂け、内臓破裂を起こして即死。
そして夕方にようやく、雄一さんの遺体は自宅に戻り、「帰ってきたよ……」という親戚の声に、圭子さんがその棺を見た瞬間、腰が抜けたそうです。「現実なんだ」と。
事故のショックから、身内も入退院を繰り返すようになり、圭子さんは家事と仕事と看病で悲しみを紛らわしてはいたけど、どうしても1人になると仏壇前で、「どうして死んじゃったの」と泣き崩れていたのだそうです。それを見て「親鸞会のお話を聞きに行こう」と、雄一の従兄弟の妻・友江さん(仮名)に誘われたそうですが、しばらくは苦しすぎて聞けなかったのだとか。
そして数年後にずっと圭子さんを気遣ってくれてきた勤め先の社長夫妻。そして新たな地獄の始まりが。圭子さんはある日、会社の資金繰りで社長夫妻から相談を受け、夫の保険金から快くお金を貸して・・・逃げられてしまい、信じていた人からの裏切りを受け、また辛い日々が始まる。
そして友江さんが持ってきてくれたビデオで、親鸞聖人の「難思の弘誓は難度海を度する大船」のお言葉を初めて聞いた圭子さん。海に浮いている丸太のような幸せは頼りにならぬ。裏切られては苦しむ、その繰り返しだと聞き、まさにそれは自分の姿だと思ったそうです。
「そんな苦悩の海を、明るく楽しく渡す大きな船がある」と、高森顕徹先生が黒板に大船をかかれた時、堰を切ったように涙があふれ出し、一生懸命タオルで涙をふいている圭子さんの姿があったそうです。
この浄土真宗親鸞会のビデオを見る機会がなかったら。ずっと見れないと避けていたら。圭子さんはずっと救われていなかったでしょうね。親鸞聖人の教えは本当に人を救うのだなと思いました。圭子さんは仏教用語すらまともにわからなかったのに、それから親鸞学徒になられたそうです。
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