浄土真宗親鸞会について

浄土真宗親鸞会の行事などについて紹介していきます

Archive for the ‘浄土真宗親鸞会・顕正新聞’


四国、木之本にも真実の法城~浄土真宗親鸞会~

浄土真宗親鸞会は、10月に親鸞聖人の750回忌法要を終えたあと、11月には香川県に四国会館を、12月には滋賀県長浜市木之本に木之本会館を建立、落慶を寿いだのだそうです。これで、石川県能登会館、富山県小矢部会館に続いて、新たに4つの会館が建立されたことになります。浄土真宗親鸞会発行の顕正新聞に、詳しく書かれてありますので、その内容を紹介しましょう。

11月初めに落慶した四国会館。四国学徒は親しみを込めて「小さな二千畳」と呼んでいるのだそうです。玄関前にはどっしりと、椰子の一種・フェニックスが構えており、南国の風情が漂う。二千畳を見立てて、玄関に入ると赤い絨毯が広がります。四国にはこれまで学徒が集まれる拠点がなく、心行くまで話ができず、もどかしさを感じていたのだそうです。会館の誕生により、四県から集まりやすくなり、常時、正座での聞法が可能となりました。四国全土に伝えていきたいと、学徒の声が掲載されていました。

また、12月に落慶したのは、滋賀県の木之本会館。滋賀には、すでに米原市に滋賀会館がありますが、湖北、湖西へ親鸞聖人のみ教えをお伝えしようとの声が高まり、滋賀県全体の親鸞学徒の協力を得て、今回落慶へと至ったのだそうです。先に落慶した富山の小矢部会館では、12月に4日間の報恩講が厳修。堂々と「小矢部会館」と入ったチラシを大々的に配り、周囲に案内されたと聞いています。 

会館の落慶が続き、建立に携わった親鸞学徒の喜びの声に触れますと、浄土真宗親鸞会の真実開顕は、止まることを知らない勢いを感じます。来年は何が起きるのか、目が離せません。

浄土真宗親鸞会 親鸞聖人750回忌

10月8、9、10日の3日間、浄土真宗親鸞会の「親鸞聖人750回忌」が行われたそうです。『顕正新聞』11月1日号はその特集号として、大々的に報道されています。

「よくぞ遇う 七百五十 歳すぎて 祖師の恩徳 あればこそなれ」「いざ往かん ただまっしぐら 無上道 輝く本道 祖師のみ教え」の統一テーマのもと、世界から法友が集い、浄土真宗親鸞会の二千畳も同朋の里も、「聞く」真剣さ、「語る」楽しさ、「伝える」たくましさにあふれていたようです。真宗十派に見られないこの光景は、説かれる教えの違いから生まれたもの、と書かれています。ご講演の演題は、「御臨末の御書」。そのご説法や座談会を聞いた親鸞学徒の感動と決意にあふれる手紙が紹介され、生き生きと語り、笑顔あふれる写真がいっぱいです。750回忌記念 大弁論大会の様子も、報じられています。

初日に、「同朋の里での法輪」という行事が設けられ、浄土真宗親鸞会の同朋の里へ親鸞学徒が大勢集い、語り合ったそうです。遠くブラジルから参詣した人は、「いちばん感じたことは『調和』です。天候も、景色も、人の動きも何もかも、調和がありました。ここにいるだけで、穏やかな楽しい気持ちになりました」。アメリカから馳せ参じた方も、「一つの町のようですね。ピースフル!心が落ち着きます。阿弥陀仏のお力がそのまま現われている場所と思わずにおれません」と悦びを語っています。

そして最後に、「750回忌はゴールではなく、親鸞学徒と新たな始まり」と結ばれています。正統な教えを知らされた「よくぞ遇う」の喜びが、「いざ往かん」となって燃え上がる。聖人の本当のみ教えを求めさまよう「真宗難民」を迎え入れる、今からが始まりと、浄土真宗親鸞会は、新たなスタートを切り、動き出しているようです。

小矢部に新たな会館!-浄土真宗親鸞会-

能登会館に続き、富山県小矢部市に「浄土真宗親鸞会」の新たな会館が建立されたことが、『顕正新聞』に報道されています。建築事務所を改築した2階立ての壮麗な会館。約60畳の仏間には、放送設備が整い、電動式のスクリーンなど聞法道場としての機能が完備しているとのこと。落慶式に向けて、周辺の学徒は、備品の搬入、大掃除、駐車場の草取りなど、喜々としておこなっているそうです。熊本にも顕正室が誕生するなど、各地の学徒は、新たな会館を拝観し、「地元にも、会館を作りたい」と機運が高まっていることが伝わってきます。

また「浄土真宗親鸞会」親鸞会館の地下道に、750回忌の記念事業として、パネルが転じられていることも、紹介されています。親鸞会の歴史は、親鸞聖人から始まっている、というスタンスで、「第1章 浄土真宗を明らかにー親鸞聖人」「第2章 浄土真宗の中興ー蓮如上人」「第3章 浄土真宗の現在ー親鸞会」という構成になっています。それを見た京都の親鸞学徒は、「親鸞会の歴史がそのまま、聖人から脈々と続く真宗の正統な流れであることが明らかにされていて圧倒されました」という感想を寄せていました。

アメリカの仏教学者・ロジャース教授の言葉が思い出されます。アメリカの浄土真宗研究の第一人者M・ロジャース教授は、蓮如上人の研究を20年以上続けた後、縁あって、浄土真宗親鸞会の会長・高森顕徹先生の講演に参加し、その感想を、こう語っています。「もっと親鸞会のことが知りたいです。ここには、教えに統一された純粋なものを感じます。親鸞会は蓮如上人の遺産と思います。私の論文の最後にぜひ取り上げたい」(続きはこちら

その正統な親鸞聖人のみ教えを伝える親鸞会の「親鸞聖人750回忌」が10月初旬に開かれることも、以前から報道されています。教えの香気にひかれ、全国から、全世界から、親鸞学徒が集う行事となるでしょう。

浄土真宗親鸞会 能登に六字の法城!

真宗王国といわれた篤信の地・能登に、浄土真宗親鸞会の新たな会館、「能登会館」が落成、7月29日に落慶式が行われたのだそうです。地元の親鸞学徒の真剣な聞法心と、尊い懇志によって建てられたものとのこと。JR七尾駅から車で5分、広い駐車場もあり、能登全域から集まりやすい格好の地で、法話の開かれる40畳の仏間には、仏壇上に「本願他力」、後方に「無上道」の大額がかかり、聞法道場の風格が漂っているといいます。高さ3メートルの看板があり、住宅地でひときわ目をひき、近隣と話題になっているのだそうです。『顕正新聞』に書かれてありました。

かつて能登は、法話の日に畑仕事でもすれば、村八分にあうほど、聞法熱心で、信仰を貫く人が多かったのだそうです。たとえば、こんなことがあったと掲載されていました。
===
Sさんは、『歎異抄』を9章まで、小学生の頃から暗唱できた。強信な祖父の影響である。「『善因には善果、悪因には悪果。秤で量ったように多くも少なくもない。誰にしむけられるのでもなく、わが身の業で地獄へ堕ちる』と繰り返し聞かされました」と語る。
 漁業という殺生の絶えぬ仕事に悩んだある日、亡くなった祖父を夢に見た。その床の間に掛けられていた「一心専念弥陀名号」の掛け軸が、夢から覚めても心に残った。ご文の意味を住職に尋ねたが分からず、30年が過ぎた。平成10年、高森顕徹先生(浄土真宗親鸞会 会長)のご法話に参詣し、感激して聞法を重ねるうち、夢で見た「一心専念弥陀名号」の意味を知る。「極重悪人を救えるのは弥陀名号だけだ」。興奮して、帰るや家族に言わずにおれなかったという。
===

そのSさんも今回の落慶を受け、「今日はよかった。涙が出た。こんなことがあるなんて・・・・・・。ご恩を思えばこの会館から、能登中に親鸞聖人のみ教えをお伝えせずにおれない」と奮起しておられるのだそうです。真宗王国といわれた能登、浄土真宗親鸞会・能登会館から、新たに法輪が広がるでしょう。

浄土真宗親鸞会 サンパウロで降誕会 ブラジリア支部発足!

浄土真宗親鸞会の機関紙『顕正新聞』に、サンパウロで降誕会が行われ、ブラジルの首都・ブラジリアに、あらたに支部が発足したとのニュースが書かれてありました。高森光晴講師局長が親鸞聖人のみ教えを講演し、ブラジルの多くの人がご縁を結び、10月の750回忌、二千畳参詣の機運が高まったそうです。

降誕会でのAさんの体験発表も、掲載されていました。
======
サンカルロス大学に入学後、「何のために勉強し、働くのか?」と、疑問を抱くようになりました。お金儲け以外に、何かもっと深い理由はないのか?でもそれが分からず、よりよい社会を目指し、環境問題に携わる会社に勤めたのです。
 仕事で、より専門的な知識が求められ、サンパウロ大学へ。今度はハッキリした目標を持ってきたのですが、3年後、同じ悩みにぶつかりました。「幸せを求めながら、なぜ最後は苦しみしか残らないのか?」。進むべき方向が分からず、楽しみだった大学も苦しみにさえ変わりました。
 ある日、道に迷ったような一人の人が、突然、「人生の目的を考えたことがありますか」と聞いてきたのです。それが親鸞聖人のみ教えとの出遇いでした。なぜ人間に生まれたのか、それを私は知らずにいた。そうです。道に迷っていたのは声をかけた人ではなく、私のほうだったのです。
 目の前を覆っていた霧が晴れ、決勝点がハッキリしました。これが分からなかったから今まで苦しんできたのだ、とハッキリ知らされました。仏教で教える幸福こそ人生の目的であり、そのために全てのものがある。私の人生観は百八十度変わりました。
======
ブラジリアに新たに支部が発足したことを聞きましても、生きる目的を求めている人は、はるか遠くブラジルにも大勢いて、浄土真宗親鸞会は、親鸞聖人の教えを確実に届けていることが分かります。

イギリスにも、イギリス出身の親鸞学徒があり、テレビ座談会により聞法を続けているそうです。そのNさんの手記にはこうありました。「親鸞聖人のみ教えは、自利利他の教えであり、親鸞学徒一人一人がその教えを実行しています。親鸞会の未来は、これからさらに明るくなっていくと思います」。世界に法輪拡大していることが伝わってきました。

浄土真宗親鸞会 降誕会に世界から!

浄土真宗親鸞会で、6月4、5日、親鸞聖人降誕会が行われたそうです。詳細が、機関紙『顕正新聞』の7月1日号に掲載されていました。

浄土真宗親鸞会の高森顕徹先生のご講演の演題は「恩徳讃」。親鸞聖人90年のご一生は、この恩徳讃で貫かれている、「身を粉に、骨砕きても、弥陀と師教の大恩に、いかに報ぜん」という純粋な御心から、あの親鸞聖人のたくましき、波乱万丈のご生涯があったのだと、最初にご講演要旨が掲載されています。

世界各国からも、親鸞学徒が集ったそうです。台湾、ブラジル、韓国、アメリカなどなど、各国から参詣した方々が紹介されています。中でも、心に残った記事を一つ。
~~~~~
台湾で永年、通訳を担当しているKさんは、降誕会に親子3人で参詣した。「台湾でも仏教は年寄りの聞く教えと思われています。でもそうじゃない。日本で老若男女の親鸞学徒が真剣に求めている姿を、子供たちにぜひ見せたいと思ったんです」。初参詣の三男、Rさんは、「日本人は礼儀正しいと母から聞いてはいたが、本当にすごかった。正本堂が近づくと、遠くから『おはようございます!』と大きな声が聞こえてきて、心からうれしくなりました」と語る。二千畳では多くの若者が真剣に聞法している姿に感動し、仏教観が一変した。
「息子と参詣できるのは今回が最後と思っていましたが、帰国前、『次回も母さんをここへ連れてくるよ』と言ってくれたんです。また一緒に参詣します」
~~~~~
東日本大震災より、海外でも日本への関心が高まっていると聞きます。そして、今年はなんといっても、親鸞聖人の750回忌。浄土真宗親鸞会での750回忌は、10月上旬だそうです。世界各国から、日本中から、二千畳に参集することでしょう。

30年手離せなかった!浄土真宗親鸞会の本☆

浄土真宗親鸞会が月に2回発行している『顕正新聞』に、こんな記事がありました。

~~~~~
■30年手離せなかった2冊■
「30年間、絶対手離せなかったのは、浄土真宗親鸞会の高森顕徹先生のご著書でした」と、Yさんは振り返る。
 学生時代、名古屋で仏縁に恵まれ、岐阜ご法話で手にしたのが、『こんなことが知りたい』と『白道燃ゆ』だった。
“宗教”に抵抗を感じ縁が離れたが、「仕事に没頭してもむなしさは拭えず、人生の答えは聖人のみ教えにあるのでは」と、何度引っ越しがあっても、2冊を携えずにおれなかった。
 昨年夏、チラシを縁に勉強会に参加、4カ月後には親鸞学徒に。「人生も残りわずか。決勝点に向かってまっしぐらです」と毎月二千畳へ馳せ参じる。
~~~~~

30年間、何度引越しがあっても、携えずにおれない本。そんな本にめぐりあえる人はどれだけあるでしょう。ずっと手離せず、こうして再び聞かずにおれないというのは、それだけ心惹かれるものが仏教に教えられているから、そしてその仏教を浄土真宗親鸞会が明らかにしているから、でしょうね。

日本人の根底に流れるものは?-浄土真宗親鸞会-

東日本大震災後、日本はいろいろな意味で注目されています。今は原発事故がもっぱらですが、震災直後は、暴動や略奪がなく、また列をなして順番を待つ日本人の我慢強さ、礼節に特にスポットがあてられました。日本人の精神の根底に何があるのか、今、海外がもっとも知りたい事柄のひとつでしょう。

浄土真宗親鸞会発行の『顕正新聞』5月1日号に、こんなコラムがありました。
~~~
「お先にどうぞ」「いえ、私は大丈夫です」
 大地震の直後、停電した秋田市内のホテルでは、非常食用としてうどん10杯が用意されたが、約50人の宿泊客らは先を争うことなく、互いを気遣った。
 待ちに待った救援物資が届き、「我先に」となりがちな時でも、整列して粛々と自分の番を待つ光景が、避難所の至るところで見られたという。
 このような協調性を保とうとする姿に、海外メディアは日本人の特質を見た。
 この「和」を大事にする精神は、さかのぼれば聖徳太子の十七条憲法までたどり着くといえよう。
 その第一条が有名な「和するを以て貴し」の条文である。さらに太子は第二条に、「篤く三宝を敬え。三宝は仏・法・僧なり」と制定し、仏教を、国を治める基本理念に据えている。
 聖徳太子は、日本を統一国家とし、仏教を根づかせた最大の功労者だった。ゆえに親鸞聖人は、「和国の教主聖徳皇(聖徳太子は日本のお釈迦さまである)」と太子に深い尊敬の念を抱いておられるのである。
~~~
日本人の「和」を重んじる精神は、さかのぼれば聖徳太子の十七条憲法までたどりつくといえよう―――そうかもしれませんね。聖徳太子が「宝」と記された仏教に、これから日本人も、世界の人もより関心を高めるのではないでしょうか。

震災より1カ月半がたつ今も、浄土真宗親鸞会は、毛布やタオルなどの支援物資を現地に送っているそうです。また親鸞学徒の医師も、被災地へ趣いており、こんなコメントが書かれてありました。「身も心も傷つき、悲嘆に沈む方々に、医師として医療を施すのはもちろんですが、どんなに苦しくても生きねばならないのはなぜか。全人類の希望の明かりである親鸞聖人のみ教えをお届けできないものかと考えている」。

親鸞会も 被災地へ支援

3月11日、未曾有の大地震が東日本を襲いました。親鸞会発行の顕正新聞4月1日号は、東日本大震災特別号として、全面震災関連の記事で埋めつくれています。地震後すぐに緊急支援体制が敷かれ、安否確認に全力を挙げ、全国から集まった救援物資を、バスとトラックで届けたそうです。親鸞会より義援金も贈られたことが記載されていました。

 
 
さまざまな記事がある中で、心打たれたのは、阪神大震災を経験した方から、被災された方へのメッセージです。

◆被災された皆様へ、どんな言葉も見つからない気持ちです。16年前の震災時、高森顕徹先生や多くの学徒の皆様に支えられ、助けていただきました。瓦礫の前に立ち尽くす無力感と絶望感の中で、翌週の三重県でのご法話は今も忘れられません。「たとい大千世界に 満てらん火をも過ぎゆきて 仏の御名をきく人は ながく不退にかなうなり」そのお言葉を、初めて聞くように厳しく深く、心に刻みました。聴聞させていただき、自分が何を失ったのか、考えさせられました。この世の全ては借り物で、置いていくものばかり。でも私には仏法を聞けるこの体がある。これが「生きる」ということではないか。だとすれば何も失ってなどいない。生きて仏法を聞かせていただける、これ以上の幸せのないことを知らされました。

◆大好きだった神戸の町が瓦礫の山になってしまいました。自分の健康も失ってしまったことなどで、もう生きていけないと、何百遍、思ったか分かりません。でも、無上仏のご念力により、絶対に死んではならない理由を知らされました。今まで生きてこられたのは、弥陀の呼び声を一念で聞かせていただけるという希望があったから。どんなに困難でも希望の光は不滅です。

◆阪神淡路大震災は、大阪の自宅で被災しました。激しい揺れで、家具は倒れ、食器や大事にしていた、たくさんのものを一瞬にして失いました。私の寝ていたベッドにはタンスが倒れ、もし寝ていたら命はなかったと思います。でも、命が助かったことを、本当によかったと思えたのは、心細く苦しい日々を耐えて生きてきて、親鸞聖人の本当のみ教えに出遇った時でした。

どれも、親鸞会の学徒だからこそ、言うことのできる力強くたくましいメッセージと感ぜずにおれません。被災された皆様の一日も早い復興を、心より念じ申し上げます。

アメリカにも広がる真実の輪 -浄土真宗親鸞会ー

親鸞聖人のみ教えは世界の光、全人類の光です。だから聖人のみ教えは、国境を越え、人種・民族の差別を越え、全世界へ広まっています。浄土真宗親鸞会の機関紙『顕正新聞』に、こんな方が紹介されていました。フランス出身、20 年以上前にアメリカに移住して来られた女性です。

~昨年の夏、図書館の掲示板で仏教勉強会の案内を目にし、「仏教に関心があります」と足を運ばれました。秋に親鸞学徒になられ、その後、テレビ座談会はリアルタイムで毎回聴聞され、ミーティングにも欠かさず参加されています。もともとクリスチャンですが、18歳の頃から、キリスト教に矛盾を感じ、とても信じられるものではないと思っていたそうです。「仏教を知りたくてインターネットで調べたけれど、お釈迦さまは何を教えられたのか、よく分からなかった。しかし、高森先生から親鸞聖人の教えを聞かせていただいて、この教えは本当に深いと感じる。言葉にならない世界を何とか分かってもらいたいと、繰り返し言葉を変えてお話しくださっている」と喜んでおられます~

「親鸞学徒にならせていただいたので、毎日勤行をしたい」と言われ、御仏壇も求められ、最初はスカイプを使って、毎朝、アメリカ在住の親鸞会講師と一緒に勤行をすることに。今では節も覚え、一人でもできるようになったそうです。「仏教を聞くまで、無常や罪悪を見つめることもなく、毎日、同じことの繰り返しで苦しみの人生でした。それが今、親鸞聖人のみ教えを聞かせていただいて最高に幸せです。今生で後生の一大事の解決を果たしたいと思います」。降誕会には、フランスの妹も誘って一緒に二千畳で聴聞したいと燃えておられるそうです。