浄土真宗親鸞会について

浄土真宗親鸞会の行事などについて紹介していきます

Archive for the ‘浄土真宗・親鸞学徒とは’


来る8月 親鸞学徒追悼法要

浄土真宗親鸞会では、毎年8月に親鸞学徒・追悼法要が行われるそうです。親鸞聖人の望まれる葬式や法事とは、一般になされる死者への読経やお供えなどの儀式ではなく、亡くなった方を通して、生きている私たちが、命の無常をみつめ、聞法精進させていただくご縁とするものであると、いわれています。この趣旨で行われるのが、親鸞学徒追悼法要です。

7月15日号の『顕正新聞』(浄土真宗親鸞会発行)には、昨年亡くなられたTさんの奥さんの手記が掲載されています。25年前に仏縁に恵まれたTさんは、亡くなられるまで仏法一筋のご主人だったそうです。~入院中のある日、涙を浮かべて、「長い間求めてきたけれど、今までまったく真剣に聞いてこなかった。今初めて分かった」と漏らし、一層真剣に仏縁求める毎日でした。朝晩の勤行は欠かさず、毎日『歎異抄をひらく』や『なぜ生きる』のテープを聞き、聖人のアニメを見て、枕元には『教学聖典』9冊を置き、研鑽していました。息子たちが見舞いにくると必ず仏法の話をし、病室でともにテレビ座談会をお聞きできた日もありました。4人の息子への遺言には、こう書かれてありました。●親鸞会館が父の墓と思って参詣すること。●私の『教学聖典』を1人1冊受け取り、残りの8冊は自分で求め学ぶこと。●アニメ完結編を皆でみることなど。子供たちは父の思いを受け止め、今度の追悼法要にそろって参詣いたします。私に真実知らせ、導いてくれた主人に心底、感謝せずにおれません。失った悲しみは癒えませんが、次は私の番、一大事の後生を心にかけ、真剣な聞法に身を沈めます。~

仏教と聞くと、葬式仏教・法事仏教となり、衰退の一途をたどっていると思う人が少なくない。その現代に、葬式・法事の本当の意味を示し、親鸞聖人のみ教えを明らかに、燦然と輝いている団体が、浄土真宗親鸞会でしょう。

浄土真宗親鸞会 こんな集まりがあったとは!

浄土真宗親鸞会発行の『顕正新聞』に、御本尊について書かれてありました。御本尊とは、根本に尊ぶべきもの、ということです。全国の真宗寺院の本尊は、阿弥陀仏の木像で統一され、門徒の仏壇も絵像、木像となっている現状に、親鸞会は南無阿弥陀仏の御名号こそ、正しい本尊と指摘し続けてきました。

それが大きな影響を与えているのか、絵像・木像でもよいとずっと主張し続けてきた本願寺も、『宗報』に教学伝道研究センター所長が「『南無』まで含めて『南無阿弥陀仏』を本尊とするのであり、『阿弥陀仏』だけを本尊にするのではありません」と記述しており、変化の兆しが表れているそうです。聖人のお勧めどおり、御名号を安置し、朝夕礼拝させていただいてこそ、親鸞学徒の第一歩が始まるのであり、自宅の仏壇に、御名号をお迎えした親鸞会会員もあわせて紹介されていました。



富山に住むNさんは、昨年1月、親鸞学徒になり、正御本尊をお迎えしたそうです。真宗の家に育ったが、「死んだら極楽」の説教は、たわいのない教えとしか思えなかった。長年教員を務め、退職後、観音菩薩を本尊とする新興宗教を信仰。しかし教祖の交代で幹部が混乱し幻滅、きっぱりやめた。悶々と悩んでいた時、親鸞会のチラシを手にし勉強会に参詣。「この世でハッキリ救われる。これが親鸞聖人の教え、本当の浄土真宗なんだと知ってびっくりしました。富山県にこんな集まりがあったとは信じられませんでした」と語っています。80歳を過ぎられるNさんは、もっと早く聞きたかった、ともらされますが、親鸞学徒の第一歩を踏み出したいと、聖人のみ教えどおりに、正御本尊をお迎えしたということです。

浄土真宗親鸞会☆親鸞学徒の本道を行く

友人から受けとった浄土真宗親鸞会発行の『顕正新聞』に、こんな記事がありました。





ある親鸞会の講師の投稿記事なのですが。。3年前、真宗大谷派の住職夫妻が、親鸞会館に訪れたそうです。住職はそうとうの影響力のある人のようで、親鸞聖人750回忌にむけて、僧侶養成機関をつくり、後継者養成のためのヒントを求めて二千畳にやってきたといいます。会館に入ると、次々と明るく挨拶してくる若者の姿に驚いて、「若者は、何をしても寺には寄りつかないのに、親鸞会にはたくさんいる。若者集めのどんな秘訣があるのか知りたい」と、ある寺院出身の親鸞会講師に尋ねてきたそうです。


「何の秘訣もありません。『正信偈』など親鸞聖人のお言葉を示し、一言一言、詳しく丁寧にだれにでも分かるようにお話するだけです」と答えたところ、「そんなことで人が集まるか」といぶかって帰っていったそうです。


しかし、昨年末、その講師が帰省すると、大谷派の京都教務所から末寺に、「親鸞聖人のお言葉に学ぶ」と題して、紙が配布されていた。これまで、大谷派の出版物や配布物には、きまって清沢満之や曽我量深の言葉があふれていたのに、と大変驚いたといいます。どうやら、親鸞聖人のお言葉を出して、お話していこう、という趣旨らしいです。「無碍の光明は無明の闇を破する慧日なり」や「念仏者は無碍の一道なり」などのお言葉があげられているようです。「自性唯心に沈んで浄土の真証を貶し」のお言葉も挙げてあったらしく、一体、大谷派がこれをどう説明するのか分かりませんが、真宗界に大混乱が起きていることが伝わってきました。




同じ紙面に、「親鸞学徒の本道」というタイトルでこのように書かれてあったので、紹介します。



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「親鸞学徒の本道」
多く沈滞する中で、親鸞会はどうして躍進し続けるのか、原因探求の声が聞こえてくる。更に珍しいことはない。


親鸞会の歴史は、ひたすら親鸞聖人の教えの開顕だった。


「私はああだった」「こうなった」は私事である。


私事を説かれなかった覚如上人、蓮如上人のように、専ら親鸞聖人の教えと、他力の信心徹底に努めてきた結果と知る人は少ない。悲しいことだ。これが親鸞学徒の本道だからである。


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浄土真宗親鸞会 教学熱は海外へも

浄土真宗親鸞会 発行の『顕正新聞』 11月1日号に、台湾で初めて、大導師に合格した親鸞学徒があらわれたことを紹介されていました。





10年前から聞法を始め、今はビデオ講師として各地で法話を開くYさんは、教学は5年前、教学講義のビデオ受講をきっかけに始めたそうです。高森先生が言葉を厳密に選び抜いて説かれる様子を肌で感じたが、日本語が思うように理解できず悔しくてならなかった。教えを正しく、より深く受け止めるために、日本語塾に通い、『教学聖典』の研鑚を始めた。毎朝5時に起床し、『聖典』を覚える。2週間に1冊のペースで受験し、『聖典』z$まで合格。以来、大導師試験に向けての勉強を開始したが、350題の暗記は簡単ではなかった。何度筆記しても、ご和讃など、平仮名が多いご文は覚えられない。古文がどこで切れるのか分からず、意味もおぼつかない。平仮名の配列を覚えるだけの苦しさに、あきらめの心も出てきたが、そのつど「教学は聴聞」のお言葉を胸に、勉強を続けた。
 6度目の挑戦となった9月の大導師試験で、ついに合格を果たす。「ようやく、ですね。教えを正しく伝えられるよう、これからも研鑚に励みます」と満面に笑顔を咲かせた。


と書かれていました。



日本語が分からないところからスタートし、6度目の挑戦となってもあきらめず、試験に臨む姿に感動しました。そうまでしても、求めずにおれないものが、仏法に教えられている、ということですよね。親鸞会では教学が多いに勧められていて、台湾はじめ、ブラジル、韓国、アメリカなど世界中で親鸞聖人のみ教えが学ばれているそうです。すごいですね。

浄土真宗親鸞会 ・ 珍しき法を弘めず

浄土真宗親鸞会の機関紙 『顕正新聞』に、親鸞学徒の本道について書かれてあったので9月15日号の「論説」から紹介します。







浄土真宗、親鸞聖人、と聞くと、親鸞聖人独自の教えがあるのだろうと思う人が多いようですが、そうでなく、「更に親鸞珍らしき法をも弘めず、如来の教法をわれも信じ人にも教え聞かしむるばかりなり」と聖人はつねに仰って、誰も説かなかった新しい教えは全くないと確言され、釈迦の教えた仏教をそのまま伝えられたとおっしゃっておられます。







このお言葉は、一体誰に対して言われたものか、次のように書かれていました。第一は、聖人を八方総攻撃した者たちへの反撃。「親鸞は間違ったことを教えている」「仏教を破壊する悪魔だ」「破戒僧、狂人、あれは仏法ではない」と、あらゆる罵詈雑言が聖 人の教えに浴びせられた。かかる誹謗の輩には「親鸞の言うことが仏教と違うなら、どこが違うのか、根拠を出せるものなら出してみよ」と、満々たる自信で反撃されているお言葉といえよう。






次には、親鸞学徒に対しての戒めであると、書かれています。「釈尊の教え以外、説いてはならないよ。伝えてはならないぞ」というご教示。珍しい話をして、「誰も教え てくれないことをあの人は教えてくれる」と関心を引こうなど、ゆめ考えてはならない。親鸞でさえ、仏教以外に伝えていないのだから。私事などの話をするの はもってのほかだと、教誡なされている。






最後には、聖人ご自身に言い聞かせられたお言葉と拝察される。誰も言えないことを言いたい、誰も知らないことを知ったかぶりして話したいのが、名誉欲 。そんな名誉欲が大山ほどあって迷惑していると、聖人は懺悔され、「珍しいことを言うなよ」と、常に自ら言い聞かせられた。









聖人のみ跡を慕う親鸞学徒は、親鸞聖人のみ教えを、必ず提示して、分かるようにお伝えする。だから、親鸞学徒の常訓は「我ら親鸞学徒は更に珍らしき法をも弘めず 親鸞聖人のみ教えを我も信じ、人にも教え聞かしむるばかりなり」であり、朝晩のお勤めで唱和するのだそうです。


浄土真宗・親鸞学徒の未来は

「真宗の危機は人類の危機」と受け止め、立ちあがった浄土真宗親鸞会
浄土真宗離れが進んでいる現代、いかに親鸞聖人のみ教えを正しくお伝えするか、これ一つを目的としているのです。親鸞会の活動というのは、この一点のみになされているのです。

ですから親鸞会では、「親鸞聖人はここに、こうおっしゃっている」と、常に聖人のお言葉を示す覚如上人、または蓮如上人のように、親鸞聖人のみ教え一つを伝えることを最も
大切なこととしています。
この自覚は常に忘れてはいけないのですね。

今までも、今も、今からも、この親鸞学徒の本道を進む限りであり、浄土真宗の発展は無限でしょう。
親鸞聖人のみ教えにはそれだけ限りなく尊く、深く、重い、類いなきお力があるのです。まず親鸞聖人のお言葉を明示でして、その正しい御心を徹底していく。浄土真宗と全人類の輝ける未来は、この一点にかかっていると言っても、決して過言ではないのです。

まだ縁の浅い私が、今すぐ「真の親鸞学徒」となるというのは難しいかも知れません。でも親鸞学徒でありたいといつも思っております。因果応報という言葉がありますが、悪い種をまけば悪い実がなる、いい種をまけばいい実になる。親鸞学徒であることは、いい種をまいているのだと思っております。

ちなみに因果応報とは字をばらしていくと『因』は原因、『果』は結果、『応』はこたえる、『報』はむくいるということで、原因によって結果が生じるという意味になるのだそうです。こんな身近な言葉の存在を教えてくれたきっかけとなったのも、浄土真宗親鸞会でした。

浄土真宗親鸞会が今あるのは

浄土真宗親鸞会の過去の行事である平成20年11月8日(土)9日(日)、親鸞館で親鸞会結成50周年大会が行われました。

その日は「恩徳讃」についてご講演がありました。

【恩徳讃】
如来大悲の恩徳は
身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も
骨を砕きても謝すべし(親鸞聖人)

この親鸞聖人のお言葉について、高森顕徹先生は2日間講演をされました。日本全国に限らず、アジア各国やアメリカ、そしてヨーロッパ、ロシア、遠くに至ってはブラジルからも親鸞学徒が参詣し、2000畳の大講堂にも入りきれず、廊下やロビーまであふれるほどでした。本当にすごいです。そして2日目の午後は、50周年記念弁論大会が行われ、7人の弁士が熱弁を振るい、大講堂は熱気に包まれていました。

今の時代、相次ぐ無差別殺人や暴力や虐待、そして一向に減らない自殺など、21世紀を迎えた今日も、人類は混迷の度を深めていると思いますが、この日ほど、世界の光である親鸞聖人のみ教えが、全世界の人々に待望されているときはないかと思います。

親鸞聖人のみ教えを正確に学び、そして信じ伝える人を「親鸞学徒」と言うのですが、この親鸞学徒の唯一の使命を忠実に、ひたすら実践なされた方が、覚如上人であり、蓮如上人でありました。

まさに覚如上人や蓮如上人は、我々親鸞学徒の鑑であり大先達であるのです。これらの善知識方が指授され、まっしぐらに歩まれた道をひたすらに実行する限りは、私たち親鸞学徒の未来は限りなく広く光り輝くことでしょう。覚如上人や蓮如上人が、あれだけ多くの著書や御文章などで教えられていることは、常に親鸞聖人のみ教え以外にはありません。種々、言いたいこともあったでしょうに、両上人ともご自身のことは全くおっしゃってはいないのです。蓮如上人は、深く親鸞聖人のみ教えを信じ、専ら日本全国に聖人の教えの徹底のみに全生涯を懸けられました。

常に聖人のお言葉をハッキリと提示し、懇切丁寧に親鸞聖人の教えを説き明かす・・・。そのようになされたからこそ、日本中に浄土真宗が堅実に深く浸透していったのです。浄土真宗親鸞会ももちろん親鸞聖人がおられたからこそ、今ここにあるのですね。

浄土真宗親鸞会・顕正新聞の内容より

過去の顕正新聞より気になる記事があったので紹介したいと思います。
涙の底で会えた光より

圭子さん(仮名)は夫である雄一さん(仮名)を交通事故で失ってしまった。当時、夫は30代半ばと言う早すぎる死。

深夜1時半に突然の電話。驚いて雄一さんの布団に目をやると、まだ帰っておらず・・・体が震え、急いで外へ出ると警察官やパトカーが集まっていて、雄一さんはすでに救急車で運ばれていたそう。

なんと自宅まで50メートルもなかったとか。雄一さんの従兄弟と別れた直後に、無灯火の車が時速50キロで雄一さんを直撃してしまい、雄一さんは後頭部が裂け、内臓破裂を起こして即死。

そして夕方にようやく、雄一さんの遺体は自宅に戻り、「帰ってきたよ……」という親戚の声に、圭子さんがその棺を見た瞬間、腰が抜けたそうです。「現実なんだ」と。

事故のショックから、身内も入退院を繰り返すようになり、圭子さんは家事と仕事と看病で悲しみを紛らわしてはいたけど、どうしても1人になると仏壇前で、「どうして死んじゃったの」と泣き崩れていたのだそうです。それを見て「親鸞会のお話を聞きに行こう」と、雄一の従兄弟の妻・友江さん(仮名)に誘われたそうですが、しばらくは苦しすぎて聞けなかったのだとか。

そして数年後にずっと圭子さんを気遣ってくれてきた勤め先の社長夫妻。そして新たな地獄の始まりが。圭子さんはある日、会社の資金繰りで社長夫妻から相談を受け、夫の保険金から快くお金を貸して・・・逃げられてしまい、信じていた人からの裏切りを受け、また辛い日々が始まる。

そして友江さんが持ってきてくれたビデオで、親鸞聖人の「難思の弘誓は難度海を度する大船」のお言葉を初めて聞いた圭子さん。海に浮いている丸太のような幸せは頼りにならぬ。裏切られては苦しむ、その繰り返しだと聞き、まさにそれは自分の姿だと思ったそうです。

「そんな苦悩の海を、明るく楽しく渡す大きな船がある」と、高森顕徹先生が黒板に大船をかかれた時、堰を切ったように涙があふれ出し、一生懸命タオルで涙をふいている圭子さんの姿があったそうです。

この浄土真宗親鸞会のビデオを見る機会がなかったら。ずっと見れないと避けていたら。圭子さんはずっと救われていなかったでしょうね。親鸞聖人の教えは本当に人を救うのだなと思いました。圭子さんは仏教用語すらまともにわからなかったのに、それから親鸞学徒になられたそうです。

親鸞会・顕正新聞より

前回の続きになりますが、浄土真宗親鸞会の会員である人の言葉を顕正新聞から紹介したいと思います。

「私の人生の目的は、あなたの成長を見ることです」と母からの手紙に書かれてありました。

私をこの世に生んでくださった母。今もこんなに思ってくださっているお母さん。本当にありがとう。母の思いにうれしく感謝しながらも、だからこそ仏法を分かってもらいたいもどかしさから、複雑な心境でした。その後も手紙や、仏教の小冊子を送るなど、母の仏縁を念じ続けました。その甲斐あってか、昨年の学生大会に、ともに参詣できたのです。人間の実相のご説法を聞かせていただき、母は大変喜んでいました。

しかし、母の病気はその後一進一退。見た目にはさほど変わりはありませんでしたが、確実にガン細胞は、母の体をむしばんでいったのです。実家に帰るたび、親鸞聖人のお言葉を伝え続けました。最後に話ができたのは、6月の親鸞聖人降誕会の終了後、病室の中でした。母はつぶやくように、こう言っていました。

「あなたが仏法を聞いている理由が、今はよく分かる・・・」

そして、その数日後母は49歳で亡くなりました。母を失った悲しみは、とても言葉になりません。しかし、無常は万人に訪れるもの。悲しみを乗り越え、光に向かって進ませていただきます。

と書かれておりました。母の愛、そして子供が親を思う気持ち、両方に感動致しました。二人がこういった考えになれたのは、浄土真宗親鸞会のおかげではないかと思えて仕方ないです。

浄土真宗親鸞会ブラジル本部30周年

前回の浄土真宗親鸞会ブラジル本部30周年の続きになるのですが、その初日の夕方は、仏法讃嘆が行われ、遇法の喜びを語り合いました。毎月サンパウロ会館へ参詣する人、2000畳へ初めて参詣したという喜びを語る人、中には感極まり涙を流しての発表をする人などが相次いでいました。

1000キロ離れたブラジリアから駆けつけた人はは、「友人から誘われ、『亡くなった母があんなに喜んで聞いていた浄土真宗親鸞会のお話なら・・・』と思い、半年前に初めてビデオで高森先生のご説法を聴聞しました。素晴らしい!言葉にならないほど感動しました。聞けば聞くほど、こういう教えを求めていたんだ思い、今日親鸞学徒にならせていただきました」という語りもあり、「首都ブラジリアで支部を発足させたい」という熱い抱負に、満場が大拍手となっておりました。

7月2日と3日には、座談会、交流会で信心の沙汰も活発になされ、来年、浄土真宗親鸞会結成50周年の参詣を決意する人が次々と現れておりました。
ある人は「もっと聞きたい思いいっぱいです。来年といわず、今年の報恩講から家族一緒に聞かせていただきたい」と語るられておりました。

来年は移民100年を迎え、ブラジル国内で様々な行事が催されるそうですが、ブラジル学徒は、結成50周年参詣に向け、大きなスタートを切ったと思われます。

そこに参加した人の中の話では、「私は頭が悪く、そのくせ理屈っぽいので、入会後の数年間は「顕正新聞」などで仏法に出逢った喜びの声を目にする度に、その気持ちがよく理解できずに自分も早くその身になりたいと焦っていました。」とのこと。その人も今となっては、浄土真宗における親鸞学徒の一員として遇法の喜びも、善知識への報恩感謝の思いも、皆さんについていけるような気がしますと話しておられます。