浄土真宗親鸞会について

浄土真宗親鸞会の行事などについて紹介していきます

Archive for the ‘浄土真宗親鸞会とは’


『歎異抄をひらく』後 2年の沈黙

浄土真宗親鸞会の友達から、3月15日号の『顕正新聞』を読ませてもらいました。真っ黒な表紙に、白文字で『歎異抄をひらく』後 2年の沈黙、という大変印象的な1ページです。




中面には、2年の沈黙が何を意味するのか、分析した記事が掲載されていました。『歎異抄をひらく』(浄土真宗親鸞会会長 高森顕徹著)が発刊されるまで、毎年10余冊出ていた歎異抄解説本が、『ひらく』発刊から2年、いまだ「歎異抄新刊書」と呼べるものは出ていないといいます。論文は激減、執筆者の顔ぶれは大きく変化しているそうです。以前は、親鸞聖人の教えを伝える専門家(勧学寮頭や僧侶、龍谷大学教授など)が書いていたが、今は、これらの人たちの著作がぱったり鳴りを潜めている状況。出ているのは、作家や弁護士、古典翻訳家など、いわば門外漢が書いたものだそうです。




この状況は、真宗の歴史を振り返ると全く異常だそうです。それは浄土真宗の正統派を自認してきた人たちは、自らの正統の証として、異なる主張には「異端」のレッテルを張り、徹底的に追及弾劾してきたからです。しかし、今「異端」の書であるはずの『歎異抄をひらく』が17万部のベストセラーとなっているのに、反論書が出ない状況が続いています。




その理由を、次のように書かれていました。『歎異抄をひらく』は、私見を廃し、徹頭徹尾『教行信証』をはじめとする、親鸞聖人自筆のお聖教で真意をひらかれた「親鸞学徒の書」である。ここに他の幾千の「歎異抄解説本」と『ひらく』との決定的な違いがあるのだ。と。また高名な、ある真宗学者は「『歎異抄をひらく』に反論できる人はいないでしょう。もし反論するならば、それは親鸞聖人への反論になってしまうからです」と語っているそうです。浄土真宗親鸞会が、親鸞学徒の本道を進むすごさを感じました。

浄土真宗親鸞会 テレビ座談会で拠点続々!

昨年10月、浄土真宗親鸞会テレビ座談会が始まって以来、各地に続々とその拠点が誕生しているそうです。顕正新聞2月1日号に、その様子が紹介されていました。




福井県の大野市は、40数年前から高森先生がご布教された地だそうですが、これまで拠点がなく、テレビ座談会をきっかけに、18番館(支部の会合室)ができました。親鸞学徒の皆さんが自ら、お仏壇を洗濯されたり、ケヤキの木で看板を作られたり、掃除や障子の張り直しなど、自分にできることをさせていただきたいと力を合わせたそうです。





東京のど真ん中、新宿にも36畳のミーティングルームが誕生したと書かれてあります。埼玉のミーティングルームでは、テレビ座談会のあと、親鸞学徒が集まる心のより所ができ、思う存分に信心の沙汰をしているそうです。岡山では岡山親鸞教室、和歌山にもミーティングルームが新設され、時間を気にせず、周囲へ気兼ねもなく、仏法の話ができると喜んでいるようです。





学徒の絆が一層深まって、聞法者もますます増えているとのこと。浄土真宗親鸞会の明るい未来がうかがえました。

浄土真宗親鸞会 真実開顕の新時代 到来!

10月25日、浄土真宗親鸞会は、電話会議システムによる電話座談会を開催、真実開顕の新時代が到来し、親鸞学徒は歓喜にわいていると11月15日号の『顕正新聞』で紹介されています。


電話会議システムとは、3台以上の電話をつなぎ、同時に会話のできる新たなシステムです。これを利用して、座談会が設けられ、親鸞聖人のみ教えが胸から胸へ、どこに居ても電話線あれば、届けられることになったのです。


この方法で報恩講も11月7、8日全国各地はもちろん、世界各国で行なわれ、親鸞学徒の1人は、このように熱く語っていました。「新型インフルエンザ流行拡大の中、社会では、どうやって企業の生産性を落さないか、学校の授業時間を確保するか、と悩んで対策を考えている中、浄土真宗親鸞会は、参詣者が減るどころか仏法とのご縁に遇える人が増え、高森顕徹先生から直接聞かせて頂けるご縁も逆に増えたことになり、まさに転悪成善、今の社会状況からは考えられないことではないかと感じた」と。


寝たきりで富山の二千畳に来れない方も、年を重ねられどうしても富山へ移動できない方も、電話会議システムで仏縁を求めさせていただける。海外であっても、聞法できる。まさに転悪成善。「すべてを生かすものが仏法。科学技術の進歩を真実の進歩に転ぜねば、親鸞学徒の使命は果たせない」と、浄土真宗親鸞会は、親鸞聖人のみ教えを正確に、速やかに、1人でも多くの人に伝える使命に生きています。

浄土真宗親鸞会・顕正新聞

浄土真宗親鸞会が発行している「顕正新聞」ですが、ここでも何回か紹介してきていますよね。その浄土真宗親鸞会が発行している顕正新聞の21年7月1日号に蓮如上人に次の言葉が紹介されていましたので紹介します。

蓮如上人仰せられ候、「方便を悪しということは、あるまじきなり。方便を以て真実を顕す廃立の義よくよく知るべし。弥陀、釈迦、善知識の善巧方便によりて、真実の信をば獲ることなる」由仰せられ候。

「嘘の方便」ときくと、【方便=嘘】と思ってしまう人が多いと思いますが、それは誤解だそうです。方便とは、真実に近づき、真実を体得するのに必要なことなのだそうですから。

そして同じく顕正新聞の21年7月1日号に源信僧都の言葉も紹介されていたのでこれも紹介したいと思います。

「まず三悪道を離れて人間に生るること、大なるよろこびなり」

地獄・餓鬼・畜生の三悪道を離れ、人間に生を受けたことはどれほど喜んでも過ぎることはないと源信僧都は『横川法語』に教えられているのです。ところが、その“喜び”どころか、人生をも呪い「生まれてこなければよかった」「なぜ生きなきゃいけないのか・・・」と、受けた生に自らピリオドを打つ人が日本だけでも毎年3万人を超えているのです。生命の歓喜がないのは明らかですが、その人達が「生まれてよかった!」という世界を説く仏法を知らなかったからでもあるといえるでしょうね。

私はおそらく最初に知ったと思われる仏教用語、「南無阿弥陀仏」という言葉から仏教へ入門することとなったわけですが、今は親鸞会でいろいろなことを学んでいくうちに、本当に人生は素晴らしいなと思うようになりました。

浄土真宗・親鸞学徒の未来は

「真宗の危機は人類の危機」と受け止め、立ちあがった浄土真宗親鸞会
浄土真宗離れが進んでいる現代、いかに親鸞聖人のみ教えを正しくお伝えするか、これ一つを目的としているのです。親鸞会の活動というのは、この一点のみになされているのです。

ですから親鸞会では、「親鸞聖人はここに、こうおっしゃっている」と、常に聖人のお言葉を示す覚如上人、または蓮如上人のように、親鸞聖人のみ教え一つを伝えることを最も
大切なこととしています。
この自覚は常に忘れてはいけないのですね。

今までも、今も、今からも、この親鸞学徒の本道を進む限りであり、浄土真宗の発展は無限でしょう。
親鸞聖人のみ教えにはそれだけ限りなく尊く、深く、重い、類いなきお力があるのです。まず親鸞聖人のお言葉を明示でして、その正しい御心を徹底していく。浄土真宗と全人類の輝ける未来は、この一点にかかっていると言っても、決して過言ではないのです。

まだ縁の浅い私が、今すぐ「真の親鸞学徒」となるというのは難しいかも知れません。でも親鸞学徒でありたいといつも思っております。因果応報という言葉がありますが、悪い種をまけば悪い実がなる、いい種をまけばいい実になる。親鸞学徒であることは、いい種をまいているのだと思っております。

ちなみに因果応報とは字をばらしていくと『因』は原因、『果』は結果、『応』はこたえる、『報』はむくいるということで、原因によって結果が生じるという意味になるのだそうです。こんな身近な言葉の存在を教えてくれたきっかけとなったのも、浄土真宗親鸞会でした。

浄土真宗親鸞会が今あるのは

浄土真宗親鸞会の過去の行事である平成20年11月8日(土)9日(日)、親鸞館で親鸞会結成50周年大会が行われました。

その日は「恩徳讃」についてご講演がありました。

【恩徳讃】
如来大悲の恩徳は
身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も
骨を砕きても謝すべし(親鸞聖人)

この親鸞聖人のお言葉について、高森顕徹先生は2日間講演をされました。日本全国に限らず、アジア各国やアメリカ、そしてヨーロッパ、ロシア、遠くに至ってはブラジルからも親鸞学徒が参詣し、2000畳の大講堂にも入りきれず、廊下やロビーまであふれるほどでした。本当にすごいです。そして2日目の午後は、50周年記念弁論大会が行われ、7人の弁士が熱弁を振るい、大講堂は熱気に包まれていました。

今の時代、相次ぐ無差別殺人や暴力や虐待、そして一向に減らない自殺など、21世紀を迎えた今日も、人類は混迷の度を深めていると思いますが、この日ほど、世界の光である親鸞聖人のみ教えが、全世界の人々に待望されているときはないかと思います。

親鸞聖人のみ教えを正確に学び、そして信じ伝える人を「親鸞学徒」と言うのですが、この親鸞学徒の唯一の使命を忠実に、ひたすら実践なされた方が、覚如上人であり、蓮如上人でありました。

まさに覚如上人や蓮如上人は、我々親鸞学徒の鑑であり大先達であるのです。これらの善知識方が指授され、まっしぐらに歩まれた道をひたすらに実行する限りは、私たち親鸞学徒の未来は限りなく広く光り輝くことでしょう。覚如上人や蓮如上人が、あれだけ多くの著書や御文章などで教えられていることは、常に親鸞聖人のみ教え以外にはありません。種々、言いたいこともあったでしょうに、両上人ともご自身のことは全くおっしゃってはいないのです。蓮如上人は、深く親鸞聖人のみ教えを信じ、専ら日本全国に聖人の教えの徹底のみに全生涯を懸けられました。

常に聖人のお言葉をハッキリと提示し、懇切丁寧に親鸞聖人の教えを説き明かす・・・。そのようになされたからこそ、日本中に浄土真宗が堅実に深く浸透していったのです。浄土真宗親鸞会ももちろん親鸞聖人がおられたからこそ、今ここにあるのですね。

浄土真宗親鸞会・顕正新聞の内容より

過去の顕正新聞より気になる記事があったので紹介したいと思います。
涙の底で会えた光より

圭子さん(仮名)は夫である雄一さん(仮名)を交通事故で失ってしまった。当時、夫は30代半ばと言う早すぎる死。

深夜1時半に突然の電話。驚いて雄一さんの布団に目をやると、まだ帰っておらず・・・体が震え、急いで外へ出ると警察官やパトカーが集まっていて、雄一さんはすでに救急車で運ばれていたそう。

なんと自宅まで50メートルもなかったとか。雄一さんの従兄弟と別れた直後に、無灯火の車が時速50キロで雄一さんを直撃してしまい、雄一さんは後頭部が裂け、内臓破裂を起こして即死。

そして夕方にようやく、雄一さんの遺体は自宅に戻り、「帰ってきたよ……」という親戚の声に、圭子さんがその棺を見た瞬間、腰が抜けたそうです。「現実なんだ」と。

事故のショックから、身内も入退院を繰り返すようになり、圭子さんは家事と仕事と看病で悲しみを紛らわしてはいたけど、どうしても1人になると仏壇前で、「どうして死んじゃったの」と泣き崩れていたのだそうです。それを見て「親鸞会のお話を聞きに行こう」と、雄一の従兄弟の妻・友江さん(仮名)に誘われたそうですが、しばらくは苦しすぎて聞けなかったのだとか。

そして数年後にずっと圭子さんを気遣ってくれてきた勤め先の社長夫妻。そして新たな地獄の始まりが。圭子さんはある日、会社の資金繰りで社長夫妻から相談を受け、夫の保険金から快くお金を貸して・・・逃げられてしまい、信じていた人からの裏切りを受け、また辛い日々が始まる。

そして友江さんが持ってきてくれたビデオで、親鸞聖人の「難思の弘誓は難度海を度する大船」のお言葉を初めて聞いた圭子さん。海に浮いている丸太のような幸せは頼りにならぬ。裏切られては苦しむ、その繰り返しだと聞き、まさにそれは自分の姿だと思ったそうです。

「そんな苦悩の海を、明るく楽しく渡す大きな船がある」と、高森顕徹先生が黒板に大船をかかれた時、堰を切ったように涙があふれ出し、一生懸命タオルで涙をふいている圭子さんの姿があったそうです。

この浄土真宗親鸞会のビデオを見る機会がなかったら。ずっと見れないと避けていたら。圭子さんはずっと救われていなかったでしょうね。親鸞聖人の教えは本当に人を救うのだなと思いました。圭子さんは仏教用語すらまともにわからなかったのに、それから親鸞学徒になられたそうです。

浄土真宗親鸞会・正信偈

平成19年9月2日(日)親鸞会館で、浄土真宗親鸞会の会長である高森顕徹先生のご法話が開かれました。演題は『正信偈』についてです。

親鸞聖人の教えは、この世と死後の二度救われる、現当二益の法門であると言われています。『正信偈』に「成等覚証大涅槃」とあるのは、そのことなんだと教えてもらいました。
等覚とはこの世で救われること。親鸞聖人が「早く等覚になれよ」と叫ばれたのは、この世で“弥勒菩薩”と同格である等覚の身になれるからです。

決して、なれないのに「なれよ」と仰有るような聖人ではありません。もしそうなら大ウソつきと言うことになるでしょうね。必ずなれるから「なりなさいよ」と言われておられるのです。

また、誰でも死ぬと「仏さんになられた」と言う人が多いですが、実際には誰でも死んだら極楽、死んだら仏ではないそうです。この世で等覚の身になった人だけが、死んでから浄土に往って仏に生まれることができるのです。なので、生きているときに早く等覚の身になりなさいと、親鸞聖人は叫び続けていかれたのだと聞かせていただきました。

「この世はどうにもなれない。死んだら極楽、死んだら仏」という人がいます。眼前の小川さえ渡れない者に、どうしてその先の大河が渡れるでしょうか。「100万円の買い物は出来るのに、1万円の物は買えない」という理屈が通るはずがないですよね。

“一大事の後生”を助け切る力のある仏さまであるなら、この世の苦しみを救えて当然でしょう。現在の救いを抜きにして、「死んだらお助け」と言っているのは、この世も未来も助からない『現当無益』ということになるのですね。

仏法を聞く目的は等覚になる、すなわちこの世から本当の幸せになることにあるのですね。浄土真宗親鸞会に会えて、本当に良かったと思います。

浄土真宗親鸞会の行事に参加して

現在の仏教と言えば、葬式仏教や法事仏教となっていると思いますが、衰退の一途を辿っていますよね。法事や葬儀に明け暮れるのが僧侶の仕事ではないのです・・・。浄土真宗親鸞会は、何とか“本当の親鸞聖人の教え”を知っていただきたいと思い、その親鸞聖人の教えを伝続ける活動をしてきたのだそうです。

そんな浄土真宗親鸞会では、いろいろな行事があるのですが、以前に参加した時の内容について紹介したいと思います。平成19年の6月30日と7月1日の二日間、ブラジル・サンパウロ会館にて、『浄土真宗親鸞会ブラジル本部結成30周年記念式典』が開かれました。

浄土真宗親鸞会の高森光晴先生は、現地に到着後すぐにサンパウロ会館を訪れ、歓迎会に出席し、翌日は夜遅くまで式典のリハーサルの指導などハードスケジュールをこなされていたようです。

当日は、オープニングの勇壮な和太鼓で式典が幕を開け、ブラジル布教30年の歴史を描いたビデオが上映され。高森光春先生の表白文、そして祝辞のあとに、ブラジル本部を代表し、伊東弘本部長が誓いの言葉を述べておりました。

講演の内容は『なぜ仏教は聞かなければならないのか』について。二日間詳しく話をされました。
「ゆっくりと丁寧に、日本語の分からない人にも、高森光晴先生の何とか分かってもらいたいという思いが、ひしひしと伝わり、引き込まれました」と、参詣した方々の中でそんな声もあり、大変盛り上がっておりました。